思い出 考察

【ファミコンの思い出】ドラクエからFFの登場による違和感

投稿日:2019年10月12日 更新日:

少年期ファミコン編

自己紹介も兼ねてゲームと共に過ごしてきたゲーム研究所所長の半生を語るこのコーナー。

今からわたくしのファミコン時代からポケモンGOまで、大河ドラマのごとく壮大でスペクタクルなゲーム人生を何記事にもわたって語っていきたいと思います!

DON所長
え!?興味がないとか言わないで下さい!

自分に興味が無くてもゲームには興味があるはずです。ゲームに影響を受けゲームについて色々な考えを持つようになっていきました。

自分のゲームの思い出を語ることは、当時のゲーム業界や人々を知ることにもなりますし、ゲーム研究所のテーマでもあります「ゲームについて真剣に考える」きっかけになれたらと思います。

本当は自己紹介程度に1記事でまとめるつもりが思い出が蘇りすぎてとんでもないボリュームになってしまったことをお詫び申し上げます。それだけゲームについて語ると止まらなくなってしまうのです。

まずは~少年期 ファミコン編~を語っていきたいと思います。

ファミコン少年時代

小学生時代のあだ名はファミコンバカ。それぐらいファミコンとキン肉マンとビックリマンに熱中する糞ガキでした。でもドッヂボールやベース鬼やクワガタ採りやザリガニ採りやセミ採りやタマ虫採りなどもしましたよ。いわゆるファミコン世代ど真ん中じゃないでしょうか。

高橋名人の16連射、ドラクエ3で学校休んで買いに行くとかで社会現象になりましたね。自分は学校休まなくても近所のおもちゃのまつもとで予約してたから一安心でした。

もう自分なんかはそこのおもちゃ屋さんの常連で顔見知りなんで、おもちゃ屋を通れば、「リンクの冒険とっといたよ~!」って言われて予約もしてないのに買うだろうと予想されて確保してくれていました。今思えばただの押し売りだったのかもw

ファミコンが発売する前は、任天堂から発売されてた元祖携帯ゲームというか時計、ゲームウォッチっていうのがありましたね。近所の兄ちゃんとよくやってた思い出が。

今はもう動かないその時計が今でも1個残ってたので画像載せときます。たぶん電池を入れたら動くのかもしれません。

ゲームウォッチ

GAME&WATCH ゲーム&ウォッチ(通称ゲームウォッチ)
任天堂が1980年4月28日から発売した携帯型液晶ゲーム機。第一弾はボール。初期シリーズは完全モノクロ画面で、キャラクターの移動など本体左右に設置された丸ボタンで操作。タイトルはポパイやミッキーマウスなど他社のキャラクターを使用したものも発売。全世界で4340万個を売り上げて、任天堂が抱えていた莫大な借金を返済し黒字に。

個人的にはゲームウォッチよりもバンダイから発売されたソーラー電池式の2つ折りのゲームウォッチみたいなのがありまして、謎のピラミッドってのにハマってました。砂漠でひたすらヘビをやっつけるゲームで、どんどん速くなって反射神経を使うゲームだった気がします。面白かったなー。無くしちゃったけどまたいつかやってみたい。

ファミコンのゲームを初めてやったのは友達の家でやったマリオブラザーズだったと思います。スーパーじゃないマリオのほうです。

2人協力プレイができるのですが、ほぼほぼ殺し合いになりますね。あの当時あんな面白い対戦ゲームがあるのだから、そりゃーサルのようにやりまくるに決まってます。

当然自分家にもほしいとなるわけで、ファミコンを買いましたよ。定価14800円だったかな。買ってもらったのか3人兄弟で金出しあって買ったのか忘れましたが今は無き町田のトポス(誰も知らん)で買いました。

なぜか初めて買ったカセット(ソフトとは言わずカセット)はベースボール。なんでこれにしたんだろう。野球なんて1ミリも興味なかったのに。まーまーな糞ゲーで、ファミコンのコネクタにスプーンとかフォークを触れさすと魔球が投げれるとかカオスな技というかバグがあったな。

それからドンキーコングマッピーロードランナースパルタンXゼビウスドルアーガの塔スーパーマリオなど数え上げたらキリがない。友達との貸し借りを含めれば初期のファミコンのカセットはほぼほぼプレイしたことある気がします。

ドラクエとの出会い

やっぱりこれでしょ。自分を語る上でドラクエを外すことはできません。

ドラクエ

ドラゴンクエスト
エニックス(現:スクウェア・エニックス)が1986年5月27日に発売したファミコン初の本格コマンド入力型RPG。それまでRPGというとパソコン向けの敷居の高いジャンルだったが、ファミコンユーザー向けにわかりやすく作られファミコンのジャンルとして確立。プロデューサー:千田幸信、シナリオ:堀井雄二、ディレクター:中村光一、音楽:すぎやまこういち、キャラクターデザイン:鳥山明。

週刊少年ジャンプで発売前のドラクエを紹介してた記事で知ったのが最初かな。ゲーム専用記事コーナーファミコン神拳ってのがあって、ゆう帝ミヤ王キム皇という北斗の拳ぽいキャラがゲームを紹介するコーナー。

ドラクエ25周年の時Wiiでドラクエ1・2・3の完全復刻版がでたんですが、その時にファミコン神拳攻略本の復刻版も同梱されてたので参考までに。

ファミコン神拳
週刊少年ジャンプで連載されていた北斗の拳のパロディでファミコン神拳と名乗ったライター達がゲーム紹介や新作ゲームをレビューしたりするコーナー。採点方式は5点満点で、「あたっ」「あたたたた」などで表記し、「あ」1点、「た」1点、「っ」0.5点である。初期メンバーは、ゆう帝(堀井雄二)、ミヤ王(宮岡寛)、キム皇(木村初)の3名。その他に、てつ麿(黒沢哲哉)、カルロス(とみさわ昭仁)、コマル大王(小丸良人)がいる。

ちなみにゆう帝というのはご存知だとは思いますがドラクエの生みの親、堀井雄二ですね。ミヤ王は宮岡寛メタルマックスの生みの親です。

鳥山明が描くモンスターがものすごく魅力的で、未知の世界地図が描かれ、RPG(ロールプレイングゲーム)という当時では全く聞きなれないジャンル。

なんかすごそう!はやくこの世界で冒険したい!それゃーもうワクワクが止まらなかった!当時の少年はみんなそんな感じだったと思いますよ。

袋とじとかでたまにドラクエの新情報掲載のファミコン神拳がある時はあのドラゴンボールよりも楽しみで、エロい袋とじでも見てるのかごとく食い入るように見てました。

そしてドラクエが発売、説明は不要ですね。そりゃもうはまりましたよ。ゲームなのに壮大な世界を自分の意思で大冒険してる感覚。

主人公は自分自身という売り文句に嘘はない。昨今の自由の意味を履き違えたインチキ自由ゲーに自由とはこういうことだと教えてやりたい!

ドラクエの前に発売されたゼルダの伝説もRPGと言ってもよく、かなりハマったがドラクエが一気に超えてきた感覚。

ドラクエがゲームの面白さとはなんぞや?について教えてくれて、考えるようになって、ゲーム好きになったきっかけのゲームです。

だだし!最近のスマホ版ドラクエ1とかの重要アイテムがキラキラ光ってすぐわかってしまったりの超絶ゆとり仕様ドラクエはドラクエとは認めません!

ドラクエの自分自身に考えさせて行動していくからこそ味わえる感覚、ゲーム性、自由度、ドラクエの魅力がすべてパーになるゲームを全く分かってない安直な改悪は許せません!当時のあの感覚、あの感動を味わう事は到底できません。堀井雄二がこんな仕様を許可したのならこの人には幻滅です。

上から目線で(基本このスタイルでいきます)話しが脱線してしまいましたが、この辺のこととかは別記事で書けたらと思います。

正直ドラクエ1から始まるロト3部作は最初にしてRPGの完成形を作ってしまったと思ってます。RPGというかゲームの面白さのお手本になるというべきか。

とにもかくにもドラクエの事で話題が持ち切りだった少年時代。ドラクエの新作が出る!とかなったら楽しみすぎて早く情報が知りたすぎて、エニックスに電話しましたからね。

「今度のドラクエで新しいモンスターどんなのがいるか教えて下さい!」

と聞いたら、

「少々お待ちくださいね(笑)」

って女の人が言って、遠くで男の人が爆笑してる声がして、

「雑誌に載ってるので確認して下さいね(笑)」

みたいなこと半笑いで言われましたからね。当然雑誌なんて確認してるっつうの!もっと知りたかったんじゃー!電話でよくこんなこと聞いたな・・。

小さい頃のエニックスだし爆笑してた人もしや堀井雄二か中村光一だった可能性が微量ながらある?

あと、この頃の学校って筆箱はみんなカンペンでした。自分はドラクエのカンペンとか使っておりました。これがカッコイイんです!

中身はドラクエ3のワールドマップが描かれ、ネタバレになりますが下層にはアレフガルドのマップも!マップ見ながら妄想を膨らませてニヤニヤしてました。(ヤバイ奴)

FFの登場による違和感

ドラクエの大ヒットにより追従するべくしてスクウェアから発売されたRPGがファイナルファンタジー(FF)ですね。当時はファイファンと略してた人が多かったかも。ファイファンと略す人は間違いなく昭和です。

ファイナルファンタジー

ファイナルファンタジー
スクウェア(現:スクウェア・エニックス)が1987年12月18日にファミコンで発売したRPG。日本のコンシューマーRPGの分野においてドラクエと人気を2分するまでになる作品のシリーズ1作目。戦闘画面は左に敵モンスター、右に主人公達4人が縦に並ぶサイドビュー方式。坂口博信(FF)、河津秋敏(サガ)、石井浩一(聖剣伝説)らが手掛けたスクウェアRPGの原点。

自分がFFを初めて買ってプレイしたのはFF3からですが、後から借りて1と2もやりました。FF3と言えば今もなお語り継がれるラストダンジョンでしょう。

ドラクエ2のロンダルキアも可愛く見える果てしなく深く入り組んで強敵ばかり待ち受けるダンジョンでセーブポイントが1個もないという。

お宝や経験値稼ぎつつ死に物狂いでやっとたどり着いたラスボスに瞬殺され数時間パー。ラスボス倒したら倒したでも数時間パー。鬼畜すぎて逆にすがすがしい。面白かったなー。ドMか。でもゲームってリスクがないと燃えないんですよ。

その話しは置いときまして、ドラクエとFFの最大の違いってなんだと思いますか?まーあれでしょう。ドラクエって主人公は自分自身であなたです!ってゲームじゃないですか。FFは主人公が喋るじゃないですか。まーこれが糞ガキながらとんでもなく違和感を感じましたね。

主人公が勝手にしゃべって動き出して寸劇してストーリーを展開してしまう、プレイヤーを置き去りにして。ドラクエに感じたRPGの自分の意志で自由に冒険してる感覚とは真逆の感覚なんですよ。

まだ初期のFFは良かったが、シリーズを重ねるにつれストーリーを強引に展開する傾向が強くなっていきましたね。

自分の中ではFF7をクリアした時点で、もうFFは終わったと思いましたね。

それ以降オンラインのFF11以外FFシリーズはほとんどやらなくなりました。

当時ファミコン通信(今はファミ通)のレビューで、

「FFはドラクエよりストーリーや演出がうまい!」

とか書かれてた記憶がありますが、子供ながらに

「そりゃーそうだろうよ!そのせいで失ったものがあるんだが糞が!」

と思っていおりました。学校の友達は

「ドラクエって主人公喋らないからおかしい」

的なことを言われたことありましたが、

「主人公は自分自身なのだから勝手に喋るほうがおかしい糞が!」

と思っておりました。

このことなどがますますゲームについて深く考えるようになった切っ掛けですね。(厳密に言うと喋るからダメというわけではありません)

当時リアルタイムでFF7をプレイし、クリアした時点でFFシリーズに失望してしまった理由を語った人気記事がありますので良かったら合わせてお読み下さい。

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まとめと次回予告

ということで小学生から中学一年生ぐらいのファミコンブーム時代のことを書かせていただきました。すべてはドラクエですね。

ドラクエの登場が日本のゲーム業界に与えた影響は計り知れません。

ファミコン時代のゲームは本当に面白かった。思い出補正とかいう人いますが、自分は違うと思いますね。昔のゲームは不親切な部分もありますが今のゲームは親切すぎてゲームになってないものが多いですから。

昔のゲームは限られた容量の中、お手本もあまりないから面白さを手探りで自分の頭で考えて作られてるが、今の多くのゲームはゲームのテンプレ化によって売れてるゲームを自分の頭で考えることなくパクってるから何が面白いのかわかってなかったりして薄っぺらいゲームが出来上がったりしてます。

本体の性能も格段に上がり色々な表現ができるようになったけど、逆にその表現だけで満足してるような独りよがりなものになっていて、本質的なゲームの面白さは低下しているようなゲームが多いように思うことがあるのです。

ドラクエ11は途中で放置してますが、海外の雰囲気オープンワールドゲーの影響か何か知らんけど、敵も素通りできちゃったりして、自由を履き違えてる部分あるし、ドラクエでそれやっちゃダメだろって感じですね。

一見2D調もあり昔風ですがぜんぜん違いますし。ちゃんとゲームを作ってくれ堀井雄二。

ちゃんとゲームを作ることで世界に意味が生まれ、色々な感情が生まれて、見た目だけじゃない本当の意味でリアルな世界ができていくわけで。昔の本当に自分が冒険してるようなドラクエがやりたいです。

続いては家庭用ゲーム機よりゲーセンでプレイすることが多くなった格ゲーブーム時代の思い出です。

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